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「お父さんも地雷被害者」だというサンポス。家のすぐそばで戦闘があったことも、地雷や不発弾の中で暮らしてきたことも、彼女には「ふつうの日常」でした。
そんな彼女が、地雷除去隊員をめざすまでのことや、いまの「仕事」について語ってくれました。
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サンポスにとって、初めての海外体験となった2週間の日本滞在。トークショーのあった東京・福岡・大阪以外にも、広島や京都なども訪れました。初めて見る海、初めての日本食、初めての観光――初めてづくしのサンポスの日々をまとめました。
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ヤン・サンポス(25歳)/ディマイナー(地雷除去隊員)
1983年5月12日、カンボジアで最も地雷被害の多いといわれるバッタンバン州オーチャムロン村で、10人兄弟(4姉妹と6兄弟)の7番目として生まれる。
父親は地雷被害者で、幼い頃から地雷と隣り合わせの生活を送ってきた。家が貧しかったため、7年生(中学校1年生)で学校を中退し農場で働くことになる。この農場はタイとの国境地帯に位置し、地雷と不発弾が多く残る危険地域だった。
2004年、CMACが募集していた「地域地雷除去チーム」の一員として入隊。その後、地雷除去活動に関する様々なトレーニングを積み、実際の地雷原でも地雷除去にあたるようになる。現在はカンボジア東部プレイヴェン州で爆発物探知犬チームの一員として働いている。 |
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オク・ビチェット(34歳)
1974年4月16日、カンボジア南部コムポート州で7人兄弟(5兄弟 と2姉妹)の末っ子として生まれる。父親と3人兄妹を内戦で亡くし、内戦中の1986年、カンボジアからタイ国境を越えて難民キャンプに逃れる。そこでボランティア活動をしていた日本人から日本語を学ぶ。
1991年の和平合意の翌年、高校を卒業。その後、朝日新聞社プノンペ
ン支社で3年間働く。その時に、朝日新聞の記事をまとめてスクラップブックを作成し、独学で日本語、そして日本や世界の事を学ぶ。
1996年より旅行業の世界へ。2007年より現地旅行会社「NCTニューカンボジアツアーズ」のスタッフ。今回は、通訳としてサンポスに同行。 |
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| ピースボートは国連の特別協議資格をもつNGOです。 |
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