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| 地雷廃絶キャンペーントップ
> クラスター爆弾禁止への取り組み |
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2002年3月、私たちはアメリカによる空爆終了直後のアフガニスタンを訪れました。長年の内戦により、多くの地雷が埋められ、町は廃墟と化していました。病院を訪れた私たちが見たものは、地雷や不発弾で手足を奪われ、生きる希望を失った人々。中でも目立ったのは、アメリカ軍が投下したクラスター爆弾による被害者でした。「テロとの戦争」と称し、アフガニスタンに投下されたクラスター爆弾の被害者は、ほとんどが戦争とは関係のない民間人。そして、その被害は今も続いています。
ピースボート地雷廃絶キャンペーン(P-MAC)では、地雷と同様、多くの民間人を無惨に殺傷し、戦後も被害を生み続けるクラスター爆弾の存在そのものに反対します。そして、クラスター爆弾禁止条約の実現への活動を行っています。 |
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'07年12月5日から、オーストリア・ウィーンでクラスター爆弾禁止に向けた会議が開かれます。そのちょうど1ヶ月前となる11月5日、世界40カ国でクラスター爆弾廃絶を訴えるキャンペーンが行われました。
これは、NGOクラスター爆弾連合(※)の呼びかけによるもの。これに応じた各国 NGOが、写真展やシンポジウムなど様々な方法で、自国政府にウィーン会議へ参加参加するよう訴えました。
日本では、ピースボートが東京、大阪、福岡の3都市で、アフガニスタンのクラスター爆弾に関する街頭スライドショーを行いました。同時に道行く人々へのアンケートを実施。日本ではクラスター爆弾についての認識はあまりなく、特に日本がクラスター爆弾保有国だということには、多くの驚きの声がありました。 |
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※クラスター爆弾連合 >Web
NGO、奉仕活動団体、研究機関など、世界・約200団体が参加するネットワーク。クラスター爆弾の全面禁止を訴え活動している。 |
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| ピースボート地雷廃絶キャンペーン(P-MAC)では、2003年5月から9月にかけて、自衛隊のクラスター爆弾保有に関する公開質問状を防衛庁(当時)に送付。日本政府による、クラスター爆弾の保有や使用について問いました。 |
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