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ジャワ島地震緊急支援キャンペーン
 地震発生から約1週間後、6/2より現地入りしたピースボートスタッフ、山本隆(35)と椎名雄太(28)から届いた現地レポートです。
6月6日(火)/ケドゥン・ヤチ村
ケドゥン・ヤチ村の簡易テント
 昨日までの農村部から一転、今日は山岳部へと車を走らせ、山奥の小さな村ケドゥン・ヤチ(KEDUNG JATI)村を訪れた。

 人口約250人の小さな村。ここも全ての建物が倒壊――村そのものが全壊した、と言った方が正しいかもしれない。この村にも、やはり支援の手は届いておらず、人々はお手製のシートと足場だけのテントを作り、何とか生活しているという状況だ。ピースボートでは、この村に100kgの米と調理用の油、石油コンロと調理器具、工具を手渡した。

 これまで、トルコや台湾、スリランカやパキスタンなどいくつかの「被災地」を訪れたことがあるが、たいてい、山間部ほど支援は遅れがちだ。今回の地震の場合は、平野部でも支援が遅れているのだから、山間部への支援はさらに遅れることになるだろう。

 今回の支援は、とにかく「必要なモノを必要な人へ」という方針で行っている。政府や軍の援助と違って小さな単位で動ける、僕らのようなNGOこそ、山間部をはじめ支援の届きにくい地域をめぐる必要があるだろう。
6月5日(月)/バントゥル県プンドン村、ベルガン村
 滞在3日目、地震発生からは10日が経とうとしている。しかし依然として、被災地の人々は衣食住の確保ができずにいる。かろうじて残っている畑の作物を食べ、瓦礫の下から使えそうなものを探し出し、夜は野宿をする――そんな生活が続いているし、いつまで続くのかもわからない。震災発生から10日、本来ならば「復興」を考えなければならない時期なのに、そんな空気はない。

 今日は、一昨日訪れたプンドン(PUNDONG)村と、近郊のベルガン(BUERGAN)村へ。石油で火を起こすことのできる携帯式のコンロと、調理用の鍋やフライパン、粉ミルク、そして瓦礫を片付けるためのスコップやバールやハンマーといった工具類を手渡した。

 この日、バントゥル県の市役所で打ち合わせをしている途中で余震があった。と言っても大きなものではない。震度にして2〜3くらいだ。しかし、周りは一瞬で大パニックに。あちこちで悲鳴があがり、市役所の外へ駆け出す人もいる。あの地震が、人々の心にどれだけの精神的ショックと恐怖心を植え付けたかを実感させられる出来事だった。
6月4日(日)/ラクテン県セポラン村
クラテン県セポラン村の様子
 今日は、昨日のバントゥル県同様、大きな被害を受けたというクラテン(KLATEN)県セポラン(CEPORAN)村を訪問。この村もほぼ全壊、かろうじて残っている建物は3軒のみ、という状況だ。ピースボートでは、この村に携帯型浄水器30個と、粉ミルク70箱を届けた。

 今回の地震は、大きな被害を受けた地域とそうでない地域の差が大きい。特に、被害は農村部に集中している。首都であるジョグ・ジャカルタなどの都市部では、被害を受けた建物もあるが、人々の生活そのものに大きな変化はない。しかし、それが農村部になると全壊家屋が続く状況となるのだ。

 ジャワ島の農村部は水田地帯が広がるのどかな場所。水田の間に家が点在し、100〜200の世帯が一つの集落をなしている。地震発生後、倒壊せずに残っている家は1集落あたり2〜3軒程度。壊滅的な被害状況と集落の広さが重なり、被害の全貌が見えない。これが支援の遅れを招いている。昨日、今日と被災地をめぐっているが、報道などで伝えられていたような、支援にあたるインドネシア軍や各国のNGOに出会うことはほとんどない。被害の全貌がつかめないため、NGOや軍の拠点ができず、組織だった支援体制ができていないのだ。

 インドネシアでは各集落ごとに「POSKO(ポスコ)」という自警団のようなものを作っている。今回の地震でも、このPOSKOが各地域の「情報センター」の役割を果たしており、支援もNGOや軍から各地のPOSKOへ、POSKOから一般の人々へ、という流れになりつつあるようだ。しかし、いかんせん集落が広い。そのため、支援物資を受け取れている人もいる反面、まったく受け取ることができずにいる人々もいる。また、政府からの援助物資を受け取るためにはIDカード(身分証明書)の提示を求められる。しかし、肝心のIDカードは瓦礫の下。これも支援の遅れを招く一因となっている。
6月3日(土)/バントゥル県プンドン村
 ジョグジャカルタから車で1時間ほど南へ。今回の地震で大きな被害を受けたバントゥル(BANTUL)県のパンドン(PUNDONG)という村を訪れた。もともとは人口1万人程度の村だったというが、建物は全て全壊。あたり一面、瓦礫の山だけが目の前に広がる。これまでにいくつもの「被災地」を訪れているが「全ての建物が全壊」という光景を目にしたのは初めてだ。この村だけで約400名が死亡したという。

 これほど大きな被害を生んでいるというのに、この村にはNGOやインドネシア政府からの支援は届いていないという。首都からほど近い場所でこうした状況にあるのは、やはり「異常」だと言わざるを得ない。また、この村から車で10分ほどの隣村を訪れてみると、そこではほとんど何の被害も受けていない。今回の地震は、揺れの大きさに対して被害が大きいことが指摘されているが、活断層の関係からか、場所によって被害状況が大きく異なる。このことも、被害の全貌がつかみにくい原因となっているのかもしれない。

 ピースボートでは、このパンドン村の人々に日本から持っていった携帯用の浄水器30個を手渡した。
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