国名
 インド India

ことば
 連邦公用語であるヒンディー語のほか、各州が固有の言語を持つ。コーチン(ケーララ州)では、マラヤーラム語。
・歴史
 13〜15世紀には中国船、アラブ船の寄港地として賑わう。17世紀からオランダ、イギリス、遅れてフランスが進出し、勢力争いを繰り広げた。結局19世紀に、イギリスがインド全域を支配下に置き、その直接統治による「インド帝国」を成立させた。
 マハトマ・ガンジーらの独立運動を受けて、第二次世界大戦後に独立。しかし、宗教上の対立から、同じイギリス植民地だったパキスタンとは分離しての「独立」となった。北部カシミール地方の帰属をめぐってなど、現在も両国の対立は続いている。1998年にはインドが、続いてパキスタンが核実験を強行し、世界に衝撃を与えた。2001年に行われた首脳会談も、妥協点を見出せないままに終了したといわれる。

「ココナッツの大地」をゆく
コーチンから車で約2時間、目の前に広がるのは「バックウォーター」と呼ばれる美しい水郷地帯でした。生い茂る椰子の木と白い砂浜、そして青い空が作り出す、色鮮やかでどこか懐かしい光景の中を小船でのんびり遊覧。心も体もゆったり開放された、そんな二日間。

究極のカレー交流
「インド人って毎日カレーばっかり食べてるの?」そんな疑問を抱えつつ、行ってきましたインドの村へ。こちらがごちそうになるばかりでなく、私たち日本人にとっての「カレー」も作って一緒にお食事。ここケーララが発祥の地といわれるスポーツ「カバディ」も体験し、「究極の文化交流」がここに実現!!

「ケーララ・モデル」の秘密に迫る
私たちが訪れたインド南部のケーララ州は、インドの中でも低い経済成長率を示す一方で、五歳未満児死亡率、女性の識字率などの社会指標において、いわゆる「先進国」並みのパフォーマンスを実現している。その様子は「ケーララ・モデル」と称され、国際的にも評価が高い。その原動力になっているのがNGOの活動。中心的存在であるNGO団体『KSSP(民衆科学運動)』のメンバーと交流し、彼らが行うユニークな活動をのぞいてきた。

ケーララの原風景にふれる
『ナショナルジオグラフィック』誌で、「生涯に訪れるべき場所50」のひとつに選ばれたケーララ州。その 「原風景」ともいえる水郷地帯を訪れた。
コーチンからバスで1時間半、椰子が生い茂る湖畔の村に降り立った。ここからは小さなボートに乗り換えて、湖の真ん中に浮かぶ島へ移動。宿泊先は、新しいもので100年前という、ケーララ伝統の建築様式によって建てられた建物をそのまま利用したロッジ。敷地内にはいくつもの水路が走り、その中を手こぎのカヌーで遊覧したり、または眩しく生い茂る緑の中を散策してみたりと、時間を忘れてゆったり過ごした。「このままずっとここで過ごしたい」。そう思わせるような心落ち着く風景の中で、心も体もリフレッシュ。

象の「センター」訪問
お祭りの際には神聖な動物として崇められるという、たくさんの象が集められたセンターを訪問して、象さんと仲良くなろう、というコース。到着したら、早速「象洗い」にトライ。やはりそれは至難の業で、恐る恐るココナツの実で洗っていると、案の定係の人から「もっと強くこすれ」なんていわれる始末。堅い皮膚を持つ象にとっては、思いっきり力を入れてこすってやらないと気持ちよくないらしい。その証拠に思いっきりこすってみると、やっぱり気持ちいいのか象たちは大人しくじっとしていたのでした。
続いて、キレイになったらおやつの時間ということで、炊いた米に栄養剤やバナナなどを混ぜたソフトボール大のおやつを直接象の口に運ぶ。その「ネトッ」とした感触の舌にまで触れる貴重な(?)経験をすることができました。

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