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5月2日  ▼ラバウル〜私の戦争体験〜/メリー・パイブ(元ラバウル市長)
元ラバウル市長で、現在旅行業を営むメリーさんとピースボートとは、初めてラバウルに寄港した6年前からのおつきあい。お互いの念願がかなって、今回初めてご乗船いただくことになった。第二次世界大戦中の日本による占領の下、ラバウルに暮らす人々がどのような体験を強いられたのか? ご自身の体験に基づいた貴重なお話を聞かせていただきました。
「日本軍がラバウルに進駐したのは、1942年、私が8歳の時のことです。それによって私たちは雑木林地帯へと強制移住させられることになりましたが、すでにアメリカ軍による爆撃が大きな被害を与えていたので、素直にその命令に従いました。ところが移住先での生活は困難を極めました。食糧不足のために家族は病気がちになり、私は母と姉、そして4人の兄弟を亡くしました。
ある時父と私が2人で歩いていると、向こうからやってきた日本兵が父を呼び止め『風船に取り付けたダイナマイトに火を付けろ』というのです。当時幼かった私には、なぜ日本兵がそのような行為をするのか全く理解できませんでしたが、父のすぐ側で爆発するダイナマイトの様子を見ながら彼らは笑っていたのです。今思えば、ただ笑うためだけに、ただそれだけのために彼らはそのような行為をしたのでしょう。
現在では、ラバウルの人口の大半を若者が占めるようになり、そうした占領下の記録を後世に伝えられる人が少なくなってきているのです。私個人の考えとしては、若い世代に当時の出来事をこと細かく話したいとは思いません。現在では、ラバウルと日本は強い関係で結ばれ、互いに尊敬しあっているのですから。」
▼船内タイムテーブル▼
5月2日
▼おまけ▼
今日の海と空(5/2)
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